新聞の勘違い!?

ちょっと面白い記事を見つけたので話題に取り上げます。

メディア政策:新政権に望む 「表現・報道の自由」規制、デジタル社会、そして…
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090824ddm012040004000c.html
■新聞への公的支援論議を--ジャーナリスト・原寿雄氏
インターネットの普及によって、読者離れと広告離れが深刻化し、
いまのままでは日本の少なくない新聞が廃刊や経営規模の縮小を迫られるのは必至だ。
不動産収入や映画製作への参加など本業以外をみても、
新聞を支えてきた購読料と広告料に代わる収入源は見つからない。
公器として権力の監視や社会正義の追求をはじめ公共的な情報をいち早く豊富に安価で提供してきた。
恒常的で組織的な取材、調査・分析力。そして、特定の利害に左右されない道義性の高さを肩代わりできる媒体は、当面ほかに見当たらない。

画像

だ、そうです。
みなさんはどう感じますか?
マスコミ媒体は、社会の監視や情報提供のチャンネルとして必要なのは認めます。
また、収益性だけでは維持出来ない部分も分ります。
でも、論理矛盾しているのは、儲からないから公的支援を受けるとしたら、
その資金を出す機関に対して、特定の利害に配慮しなければならないんじゃないですかね。
今でも、大手スポンサーに気を使う報道は目立つもの確かです。
批判はしないまでも、配慮で一定の話題に触れないことも多いです。

読者離れや広告離れしているということは、
自分達の媒体に魅力がないからということを自覚しなければなりません。
どこの新聞も横並びの記事、
極端にバイアスのかかっているに係わらず公平を謳い文句にする姿勢、
弱いものへは、大声で罵声を浴びせるのに、
強いものには気の引けた記事。
すべてに、お金を払って購読するのに値しないものとなってしまってるのです。

まあ、特権階級がごとくペンの力を振りかざす記者もおれば、
雨風に負けず、毎日欠かさず新聞を届けてくれる人達もいます。

新聞自体なくなって欲しくないだけに、

お金を払っても読みたくなるような記事を書いて欲しいですね。

使命を忘れた新聞こそ、惨めで見たくないことを自覚して欲しいものです。

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